山口 百恵(やまぐち ももえ、1959年(昭和34年)1月17日 - )は、日本の元歌手、女優。活動時の所属事務所はホリプロで、レコード会社はCBSソニーに所属していた。 本名は三浦 百惠(みうら ももえ、旧姓:山口)で、芸能界引退後に三浦百恵名義で作詞を行っている。夫は俳優の三浦友和(1980年1
71キロバイト (5,207 語) - 2020年7月28日 (火) 14:58



(出典 www.sonymusic.co.jp)



1 征夷大将軍 ★ :2020/08/09(日) 10:41:22.53

現在、日本の音楽業界で大きな話題となっているのが、オーディション番組『Nizi Project』から誕生したK-POPグループ「NiziU」だ。デビューに向けてレッスンを重ね、厳しいサバイバルを繰り返していく少女たちに、多くの視聴者が感情移入していった。
人々を魅了するオーディション番組だが、その人気の源流は1970年代にあるという。

◆すべては伝説の番組『スター誕生!』から始まった
 1970年に視聴者参加型番組として始まり、人気を博していたのは、読売テレビ制作の『全日本歌謡選手権』(1970~1976年、日本テレビ系)だった。同志社女子大学メディア創造学科教授の影山貴彦さんが解説する。

「この番組はアマチュアも参加できましたが、グランプリをとったのは、五木ひろしさん(72才)や八代亜紀さん(69才)など、すでにレコード会社に所属している歌手がほとんど。素人がスターになるというより、新人歌手の登竜門のような番組でしたね」

 この1年後、オーディション番組として『スター誕生!』(日本テレビ系、以下「スタ誕」)がスタートする。

 当初から審査員として参加していた作詞・作曲家の中村泰士さんは、次のように当時を振り返る。

「作詞家の阿久悠さん(享年70)が、日本テレビに企画を持ち込んで始まった番組です。最初は、認知度を上げるために、新御三家のひとり、野口五郎さん(64才)など、すでに活躍していたアイドルに、ゲスト出演してもらっていました」(中村さん・以下同)

「スタ誕」が当時、画期的だったのは、事務所の垣根を越えたオーディション番組だったことだ。

「出場者が予選、本選と厳しい審査を勝ち抜き、合格者が集まったところで、3か月に1回決勝大会を行っていました。決勝大会で参加者が歌い終わって、司会者が『さあ、どうぞ』と声をかけると、レコード会社や芸能事務所関係者が社名の入ったプラカードを挙げてスカウトをするわけです」

 この番組からデビューした『花の中三トリオ』の山口百恵(61才)、森昌子(61才)はホリプロ、桜田淳子(62才)はサンミュージックへ。ピンク・レディーはT&Cミュージックに所属し、ビクター音楽産業(当時)からデビューを果たす。

「『スタ誕』は、収録の前に下見会というのがありました」

 そう明*のは、ピンク・レディーの未唯mieだ。

1976年「ピンク・レディー」としてケイ(増田惠子)とともにデビュー。1981年に解散。2010年に解散やめ!を発表し、現在も活動中の「ピンク・レディー」未唯mie

「収録日の2~3日前に東京に行って、下見会を1日行いました。本番では1曲しか歌いませんが、下見会では『もう1曲歌ってください』と言われることもあり、多い人で3曲くらい歌っていましたね」(未唯mie・以下同)

 収録日の本番は、プラカードを挙げる人が各社1人だったが、下見会には関係者が2~3人来ていて、質問もたくさん受けた。

「勝負は下見会だった気がします。出場者はみんなライバルですから、もう闘志メラメラで、熱が入ってました」

 そして、「スタ誕」から遅れること2年、『君こそスターだ!』(1973年、フジテレビ系)がスタートする。この番組からは、林寛子(60才)や高田みづえ(60才)、石川ひとみ(60才)が輩出し、これを機に、芸能界へと羽ばたいた。

「1970年代後半は、『スタ誕』出身の『花の中三トリオ』やピンク・レディーなどの活躍もあり、逸材を多く輩出した時代といえます」(影山さん)

 当時のオーディション番組で、審査員が重要視していたのは「あくまで素材のよさだった」と、中村さん。

「不合格者の中には、自分なりにイメージを作り上げていた人が多かったと思います。でも、出来上がったスターを探すというより、宝石の原石を探していた。かわいいだけで歌はたいしたことなくても、プロが教えればうまくなる。キラッと光るものがあればよかったんです」(中村さん)

 しかし、1976年に『ホリプロタレントスカウトキャラバン』がスタートし、第1回グランプリを獲得した榊原郁恵(61才)がブレークするなど、芸能事務所が独自のオーディションを行うようになり、次第にオーディション番組への関心も薄れ始める。

週刊ポスト 2020.8.9 元ソースは女性セブン2020年8月20・27日号
https://www.news-postseven.com/archives/20200809_1584588.html/2





17 名無しさん@恐縮です :2020/08/09(日) 11:13:02.97

>>1
何でピンクレディーだけ年齢書かないの?


37 名無しさん@恐縮です :2020/08/10(月) 00:43:04.58

>>1

南北朝鮮人の卑劣さは、チョンポップの人気偽装の手口にあらわれているからな。

サクラの在日朝鮮人を観客役として大量動員した人気偽装コンサート、
日本人になりすました人気偽装カキコミ、
パンストを被ったような朝鮮顔の過剰整形・厚化粧、
ユーチューブの再生連打、「いいね!」連打は、
朝鮮人がいつもやっている汚い手口だからな。

韓流アピールしている人のほとんどが在日朝鮮人だってことはバレているから
だいぶ以前から在日企業や在日学生、在日系メディアを総動員した人気偽装をやっている。


【韓流】やはり、K-POPチケットを買っていたのは日本人ではなく在日朝鮮人たちだった[2012/7/6]
https://syunin-blog-blog.tumblr.com/post/7175702588/


7 名無しさん@恐縮です :2020/08/09(日) 10:50:40.37

バンザーイ!なしよ


35 名無しさん@恐縮です :2020/08/09(日) 16:19:45.62

>>7
これを見られた日はラッキーだと思ってた


14 名無しさん@恐縮です :2020/08/09(日) 11:06:01.14

林寛子とか君こそスターだに出る前に既に売れっ子子役で色んなドラマに出てたのに、この番組にねじ込んでグランプリ取らせて、この番組からデビューした大型新人とかいうのは無理があった。


28 名無しさん@恐縮です :2020/08/09(日) 12:36:18.19

>>14
オニャン湖クラブの工藤静香みたいなもんか


38 名無しさん@恐縮です :2020/08/10(月) 02:10:34.96

>>14
歌手として箔をつけるためだね


16 名無しさん@恐縮です :2020/08/09(日) 11:08:53.85

何で日本ではこういう番組が無くなったんだろうね


19 名無しさん@恐縮です :2020/08/09(日) 11:18:22.92

>>16
例えばさ
歌が好きなら「歌い手」としてYOUTUBEで個人発信して
そこには音楽ファンが集まる「歌い手」コミュニティがあって
音楽が好きな者に聴いて貰えてわけだからね
ソングライティングしてくれるボカロPもいてさ

ヨルシカもYOASOBIもストプリも
そーいったとこから出てきたわけじゃん
わざわざオッサン連中に媚びて搾取されに行かないよね


27 名無しさん@恐縮です :2020/08/09(日) 12:35:36.75

>>19
プロの世界ではなくなったんだよ
この時代の昭和歌謡は、
歌手本人も制作も演奏も会社も本気のプロの仕事


20 名無しさん@恐縮です :2020/08/09(日) 11:19:44.32

とんねるずもな


23 名無しさん@恐縮です :2020/08/09(日) 11:32:04.04

>>20
お笑いスター誕生の事か、あれも露骨な出来レースだったな


32 名無しさん@恐縮です :2020/08/09(日) 13:30:56.24

スター誕生とナベプロ帝国

「日テレvsナベプロ」戦争

当時のナベプロは人気歌手を多く抱える“ナベプロ帝国”。
植木等のいたクレイジーキャッツ、中尾ミエ、園まり、
伊東ゆかりの三人娘などの人気タレントを抱えるだけで
なく、テレビ番組の制作にも関わっていた。『ザ・ヒッ
トパレード』『シャボン玉ホリデー』両番組には「企画
制作・渡辺プロダクション」の文字が入り、同社に所属
したドリフターズの『8時だョ!全員集合』も渡辺プロの
制作、『夜のヒットスタジオ』も渡辺プロの制作である。

タレントのマネジメントと番組制作の両方を握り、テレ
ビの支配者となった渡辺プロが、1970年代、月曜夜8時
台のNTV『紅白歌のベストテン』と同時間に、NETで新
人発掘の歌番組を始めるという。
そうなると裏番組の『紅白歌のベストテン』にナベプロ
の歌手は出られなくなる。当時のナベプロと言えば、沢
田研二や森進一、布施明、小柳ルミ子、天地真理ら人気
歌手を多く擁する“ナベプロ帝国”。もはや日テレの歌番
組が成り立たなくなる恐れがある。
日テレはナベプロへ出向き、再考を頼むが
「『紅白歌~』が放送日を変えればいいじゃないか」
と返されて、日テレとナベプロは決裂する。

日テレはナベプロ以外の、新興の芸能プロダクションの
社長を招集。(ホリプロ、田辺エージェンシー、第一プ
ロダクション、サンミュージックなど)
ナベプロとの決別宣言と、新人発掘番組で、新人スター
を新興プロダクションに配分すると約束して、『紅白歌
のベストテン』への全面協力を取り付けた。

こうして日テレが新人発掘番組『スター誕生!』の企画
を立ち上げると、同時にナベプロもNETで同じようなオ
ーディション番組を企画する。
「ナベプロの企画番組はもろ、日テレの人気番組『紅白
歌のベストテン』にぶつかる放送時間。しかもナベプロ
は“自社のタレントは『紅白歌~』『スタ誕』に出演させ
ない”と圧力をかけた。これで日テレが『スタ誕』を諦め
るとタカを括っていたようなのです」(当時の関係者)

しかし目論見は外れ、渡辺プロ制作の新人発掘番組は半
年で打ち切りとなる。

一方、「スター誕生 !」はスターを量産した。
渡辺プロ以外の中小プロダクションに新人スターを供給
して力をつけさせて芸能プロダクションの勢力図を塗り
替えていく。
以後、渡辺プロの影響力は低下していった。


34 名無しさん@恐縮です :2020/08/09(日) 14:28:21.10

>>32
今でいうと、吉本に喧嘩売られて買うみたいなもんかな?
今やテレビ局なんて芸能事務所のパシりだもんなあ